郭攸之(かくゆうし):諸葛亮に認められた蜀の官僚

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郭攸之(かくゆうし)とは?廖立に酷評されながら諸葛亮の『出師表』で推薦された蜀の官僚

郭攸之(かくゆうし)、字は演長(えんちょう)、南陽郡の出身で、生没年は不明。

人柄は温和で、器量や見識、才能、学問によって知られていた。

劉備から費禕・董允とともに抜擢され、建興元年(223年)には中郎を務めていた。
この頃、廖立は郭攸之について「他人に従うだけの人物で、大事を任せるには足りないのに侍中となっている」と厳しく批判している。

建興二年(224年)、郭攸之は黄門侍郎となり、その後は主簿へ移った。
諸葛亮は『出師表』で費禕・董允・郭攸之の三人を挙げ、 「いずれも誠実で、志や思慮は忠義に厚く純粋な人物であり、先帝が選び抜いて陛下に残された臣下です。 宮中の事柄については、大小を問わず彼らに相談すれば、不足を補い、広く利益を得られるでしょう」と劉禅に推薦した。

参考文献

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