簡易記事

蜀の人物一覧

劉敏:蔣琬と並び称された才人、興勢の戦いで魏軍を退ける

劉敏(りゅうびん)は蜀漢の将で、蔣琬の外弟として知られる人物です。延熙七年(244年)の興勢の戦いで王平と共に魏の曹爽軍を迎え撃ち、費禕の援軍を得て退けました。戦後は雲亭侯に封ぜられた。正史三国志に記された劉敏の智勇と決断を解説します。
呉の人物一覧

岑昏:孫皓に重用された佞臣で晋の呉侵攻で群臣に討たれた最期

岑昏(しんこん)は三国時代の呉に仕えた官僚です。孫皓の側近として衛尉に昇進しましたが、土木事業で民を苦しめ、佞臣として悪名を残しました。天紀四年(280年)に晋の侵攻が迫る中、群臣の怒りを買って殺害されます。
呉の人物一覧

孫怡:遼東遠征に参加し、太子孫登に推挙された呉の名将

孫怡(そんい)は、呉の将で、景初二年(238年)に公孫淵の乱で北方に派遣され、赤烏二年(239年)に遼東遠征に従軍しました。太子孫登にも推挙され、東州出身ながら実力で登用された名将を正史三國志を基に解説します。
呉の人物一覧

沈瑩:呉の最後の戦いで見せた、牛渚の進言と青巾兵の最期

沈瑩(しんえい)は、三国時代末期の呉に仕えた丹陽郡太守です。太康元年(280年)、晋の南征に際し張悌・孫震とともに出陣し、牛渚での防衛を進言しましたた。丹陽精兵「青巾兵」を率いて奮戦するも敗れ、張悌とともに斬首されました。
呉の人物一覧

鄧当:孫策麾下の古参の勇将で呂蒙の出発点となった義兄

鄧当(とうとう)を正史三国志にもとづき解説します。孫策配下として山越討伐に従軍し、義弟の呂蒙が従軍を志した逸話、吏の侮辱からの殺害と自首、孫策の抜擢、鄧当の死後に張昭の推薦で呂蒙が別部司馬として軍を継いだ経緯まで要点を整理します。
呉の人物一覧

全寄:二宮の変で孫霸派について散った野心家の末路

全寄(ぜんき)呉の武将で、全琮の次子。父の命で魯王孫霸に仕え、赤烏八年(245年)に太子孫和を誣告しました。のち、孫霸の失脚とともに一族は連座して誅殺されました。彼の生涯を正史三国志を基に解説します。