費禕：諸葛亮の意志を継ぎ、蜀漢を支えた穏やかな宰相【すぐわかる要約付き】

1分でわかる忙しい人のための費禕（ひい）の紹介

費禕（ひい）、字は文偉（ぶんい）、出身は江夏郡鄳、生没年（？～253年）

蜀の重臣として諸葛亮・蔣琬・董允と並び称され、蜀漢の安定を支えた政治家であり将軍であった。幼くして孤児となるが、叔父費伯仁を頼り益州に入り、劉備入蜀ののち蜀政権に仕えた。

章武元年（221年）に太子舎人となり、劉禅の即位後は黄門侍郎として諸葛亮の信任を受け、孫権との外交でも才覚を示した。後に大将軍に昇り、蜀政を総覧しながらも温厚で寛大な人柄で知られた。

延熙十六年（253年）の新年宴席において魏の降将・郭循（郭脩）により暗殺され、蜀の安定期は終焉を迎えた。彼の統治は国力の温存と民の安定を第一とし、蜀漢における最後の穏やかな治世を築いた人物である。

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費禕の生涯を徹底解説！蔣琬と蜀の安定を支えた宰相と悲劇の最期

蜀への流入と若き日の学問

費禕は江夏郡鄳の出身である。彼は幼くして父母を亡くし、叔父の費伯仁に引き取られた。

そしてこの費伯仁という人物、ただの親戚ではなかった。なんと彼の姑は益州牧・劉璋の母、つまり劉璋とは義理の兄弟という濃すぎるコネクション持ちである。
劉璋が費伯仁を迎え入れた際、費禕も同行し蜀に入る。
ちょうどその頃、劉備が益州を手中におさめたため、費禕はそのまま益州に留まり、汝南の許叔龍、南郡の董允と並び称されるようになった。この許叔龍っていう人は誰かわかっていない。たぶんすごい人なんだろう。

費禕の性格が、蜀中に広く知られるようになるきっかけが訪れる。名士・許靖の子が亡くなり、費禕と董允は連れ立って葬儀に参列しようとした。
問題は移動手段だった。董允は父・董和に車を借りようと頼んだが、用意されたのは屋敷の奥にあった古くて質素な車。気合いの入った葬儀会場に向かうには、いささか心細いビジュアルだった。

案の定、董允はその姿を見て戸惑い、顔には「マジかよ」と書いてあり、乗るのをためらう。
一方、費禕はというと、涼しい顔でその車にさっさと乗り込み、まったく意に介した様子もない。この男、羞恥心という機能を標準搭載していないらしい。

そして葬儀の会場に到着してみると、予想通りというか、そこはすでにVIPカーで諸葛亮をはじめ蜀の高官たちが、ずらりと顔を揃えていた。
そんな中、質素な車が一台混じる。明らかに浮いていたため、董允は気後れし、居心地の悪さに顔をしかめていたが、費禕は最初から最後まで落ち着き払って、堂々とふるまっていた。

葬儀を終えて車を返すと、従者が一部始終を董和に報告した。話を聞き終えた董和は、息子に向かって一言だけこう言い放つ。
「私はこれまで、お前と文偉（費禕）のどちらが優れているか判断できなかった。だが今、はっきり分かった」
評価のタイミングとしてはなかなか残酷だが、事実は残酷なタイミングでやってくる。誰が本当に動じないかは、こんな些細な場面で明らかになるのである。

この一件によって、費禕の沈着な気質と胆力は、蜀中の名士たちの間で広く知られるようになった。

劉備政権下での登用と諸葛亮の信任

章武元年（221年）、劉備が太子として劉禅を立てた際、費禕と董允は揃って太子舎人に任命された。その後、費禕は庶子へと昇進した。

章武三年（223年）、劉禅が即位すると、費禕は黄門侍郎に抜擢された。ちょうどその頃、丞相・諸葛亮が南征から戻ってくることになり、群臣たちは数十里先まで出迎えに行くという、やや過剰な歓迎セレモニーが繰り広げられた。
面々は年長者かつ高官揃いで、まさに貫禄の行列だった。しかし、諸葛亮が車に同乗させたのは、ほかでもないこの若者だったからである。
順番や年功を無視して費禕を横に乗せるなど、通常であれば不穏な空気が流れてもおかしくないが、諸葛亮の威光のもとでは誰も文句を言えない。つまりこの時点で、費禕は「丞相のお気に入り」として、広く知られるようになったわけである。

その後、諸葛亮は費禕を昭信校尉として呉に派遣した。
この外交任務で孫権に気に入られ、蜀に帰国した費禕は、侍中に昇進した。

諸葛亮の北伐期と魏延・楊儀の対立調整

建興五年（227年）、諸葛亮はついに北伐を開始した。
その大義の陰には、兵站、外交、調整、その面倒のほとんどを背負ったのが費禕だった。参軍として従軍しながら、諸葛亮の右腕というより、気づけば両腕分くらいの働きをこなしていた。

建興八年（230年）、費禕は中護軍に昇進し、のちに司馬へと転じた。

彼の特技は剣ではなく、口と耳である。弁が立ち、礼を重んじ、約束を守る。
そんな人物に「呉へ行ってきてくれ」と頼むのは当然で、諸葛亮は費禕を使節としてたびたび派遣した。
彼の応対は称賛され、蜀と呉の同盟関係を保ち、諸葛亮からの信任はいよいよ厚くなっていった。

だが戦線の裏では、もっと面倒な火種が燻っていた。魏延と楊儀の二人である。その仲はとにかく悪く、軍議の場で口論は日常、魏延が刀を抜けば、楊儀は涙を流して抗議する。二人のやり取りは、もはや戦よりも疲れる日課となっていた。
幕僚たちは黙り込み、空気は冷えきるが費禕だけは間に入り、言葉を尽くして二人をなだめ続けた。

その結果、魏延も楊儀も何とか職務を果たし、北伐の陣営は表向き平穏を保った。
もし費禕がいなければ、北伐の前に内紛で蜀軍が崩れていたかもしれない。
魏延と楊儀という手に余る人材を、どちらも見捨てず、最後まで使い切った手腕は諸葛亮没後の蜀軍秩序を保つ支柱であったといえる。

建興十二年（234年）、諸葛亮が死去すると軍師に任命される。
これは軍政のまとめ役というより、「争いの後始末係」と言ったほうが正確かもしれない。

建興十三年（235年）、蔣琬が大將軍、錄尚書事に任命され、費禕が代わりに尚書令に任じられる。

費禕の呉外交と才弁の逸話集

費禕が呉への派遣で見せた、彼の落ち着きと話術が毎度のように逸話となって残されている。
どれもささやかな出来事に見えて、気づけば相手の態度や評価を変えてしまう。そんな話ばかりである。

初めて建業に赴いた際、孫権は早速、諸葛恪や羊衜といった弁舌自慢の面々を呼び寄せ、費禕に討論を仕掛けさせた。
議論というより、半分は余興。孫権自身も詭弁と皮肉を楽しむ癖があり、「さて蜀の客人はどこまで話ができるか」といった空気だった。
ところが費禕は、笑顔とともに理を積み重ね、義と誠を軸に語り続ける。無理に相手を打ち負かそうとせず、それでいて一歩も引かない。
やがて、弁の立つ者たちが逆に窮し、観る側が静かに息を呑む展開になった。

このやり取りに深く感じ入った孫権は、「君は天下の淑徳、まさしく蜀の股肱（支柱）となる人物であろう」と語り、自ら佩いていた宝刀をその場で贈った。
通常であればあり得ない厚遇である。費禕は慎み深くそれを受け取りつつ、こう言った。
「刀は乱を討ち、暴を禁ずるものでございます。願わくは大王も、漢室のために功を建てられますよう」
どちらが主でどちらが客か、そんな立場が曖昧になるほどの品のある返しに、孫権は満面の笑みで応じたという。

別のある宴席では、孫権が上等の酒を振る舞い、費禕を酔わせたうえで国政の内情を探ろうとした。
その場では「酔っておりますので、お答えは差し控えます」と、あくまで穏やかにかわした費禕だったが、翌日にはその話題を整理した文書を提出する。
問われた内容すべてに過不足なく答えた費禕に孫権は驚嘆した。

この後も、費禕はたびたび呉へ派遣され、呉との交渉を重ねる中で両国間の信頼を築き上げていった。
費禕の外交は、派手な勝利も敗北もないが、蜀にとって背後を守った守護神だった。

魏軍・曹爽から漢中を防衛する

延熙六年（243年）、蔣琬は漢中から涪へ戻り、病がさらに重くなった。後任に費禕は大将軍・録尚書事に任じられる。

延熙七年（244年）、魏の大将軍・曹爽が二十万の大軍を引き連れ、駱谷を越えて漢中へ侵攻してきた。
対する蜀軍は三万に満たず、戦力差は七倍。この局面で劉禅が大将軍・費禕に節を授け、王平らとともに迎撃を命じた時点で、蜀に残された選択肢は「負けない戦い」しかなかった。

出発を目前に控えたある日、光祿大夫の来敏が費禕のもとを訪れ、「最後に一局打とう」と囲碁を申し出た。
兵馬は甲冑を整え、羽檄は飛び交い、世間は騒然として中、費禕は盤上に視線を落としたまま一手も乱さず、碁石を置き続けた。
しばらくして来敏はふっと笑い、「これは君を試したのだ。君は信に足る人である。必ず賊を破るだろう」と言った。
囲碁に誘っておいて試す気満々。こういうのを平常心のテストと言うらしい。

実戦でも、費禕はその落ち着きを崩さなかった。
漢中へ進軍し、王平の軍に合流して布陣する。
敵の数は多かったが、王平と劉敏は蜀軍は防衛に徹しており、陣形と指揮の両輪で魏の勢いを削いだ。
やがて補給線が伸び切った魏軍は、費禕の援軍到来を聞くと、進軍の継続を断念し撤退を開始する。蜀軍は追撃を控え、国境の守りを固めた。勝ってなお無理をせず、引き際も冷静だった。

この戦いにより、蜀は漢中を失うことなく守り抜いた。
費禕はこの功で成郷侯に封じられたが、表彰されるより先に「やっとひと息」と肩を落としたかもしれない。

蔣琬の後を継ぎ、蜀政を統治

延熙九年（246年）、丞相・蔣琬が病に倒れてそのまま帰らぬ人となった。
後任に費禕が尚書令に任命され、ほどなく大将軍・領侍中へと昇進。
このあたりから、朝廷のあらゆる決裁が「費禕チェック」を通らないと進まない仕組みに変わっていく。
たとえ本人が成都にいなくても、褒める・罰する・官を出す、すべて彼の決裁待ちだった。
こうして費禕は、名ばかりでなく実務的にも蜀の宰相に立ったのである。

同じ年、朝廷では大赦が実施された。だがこれに異を唱えたのが儒者の孟光である。
「赦なんてのは、国が弱ってますって告白するようなもんだ」と痛烈に批判。
普通なら「不敬罪」で片付けられかねない場面だが、費禕はこれを怒るどころか、孟光に謝罪してしまった。
責任者が反論せずに謝る、その姿勢に「柔らかさ」や「寛容」といった美徳を感じた人もいれば、「政治にしては腰が低すぎる」と呟いた役人もいたかもしれない。

費禕が政権を担って以降、蜀はますます内政寄りの国家運営へと傾いていく。
戦は慎重に、民は丁寧に。諸葛亮や蔣琬の時代に作られた「無理しない国家方針」が、そのまま引き継がれた。
攻めもせず、威張りもせず、余計な火種を作らない。そんな中庸路線の司令塔に、費禕はうってつけの人物だった。

彼が主導していた間、蜀はとにかく静かだった。
戦は起きず、国境は落ち着き、内政も目立った混乱はなかった。

姜維を抑え開府を拝命

延熙十二年（249年）、劉禅は姜維に假節を授け、西方の羌・胡討伐を命じた。
戦果はいまひとつだったが、当の姜維はさらに北方への大遠征を提案。
この積極姿勢に、費禕は首を縦に振らなかった。「丞相ですら中原を取れなかった。まして我らがどうして勝てよう」と、珍しくストレートに反対したという。

費禕は、姜維の遠征にたびたびブレーキをかけた。
出兵のたびに兵力を一万未満に絞り、軍費も最低限に抑える。姜維が功名を欲すれば欲するほど、費禕は財布の紐を締め、民と国庫の安定を守りに入る。
真面目な防衛官僚と、意識高い系の若手将軍。この対立は、蜀の戦略方針を根底から分けていた。結果として、戦果には華やかさがなかったが、蜀の国内は秩序を保ち続けた。

延熙十四年（251年）の夏、費禕は政務を終えて成都に戻る。
その頃、成都では望気者（占い師）が「宰相の気が見えない」と不吉な発言を漏らし、朝廷は一気にざわついた。
それを受けて、その冬に費禕は再び漢寿へと駐屯することになる。

延熙十五年（252年）、劉禅はついに費禕に開府を命じた。
これは大臣が独自の官署を開き、政務を自ら処理できる特権であり、事実上の政権トップを意味する。
ついに宰相の座は、諸葛亮・蔣琬に続き、完全に費禕へと受け継がれたのである。
ただし、彼の背後に漂っていた「気の異変」は、誰にもまだ読み解けていなかった。

張嶷の忠告

費禕はとにかく人を疑わない。
公でも私でも、相手が高官だろうと元魏の降人だろうと、すべて同じテンションで接した。

そんな空気を察してか、張嶷は費禕が大将軍になったとき、そっと忠告を入れている。
「昔、岑彭や来歙は忠義を尽くして節を持したが、それでも刺客に殺された。
いま将軍の位は高く、その影響力は大きい。にもかかわらず、最近降ってきた連中を少し信じすぎているように思える。過去の例を見れば、慎むべきであろう」と。

この言葉は、張嶷なりの誠意と憂慮に満ちた警鐘だった。
だが費禕は「まあまあ、そんなことよりお茶でも」と言わんばかりに聞き流す。
費禕の寛容は美徳ではあったが、その裏には「防御力ゼロの人間力」が隠れていた。このときの張嶷の一言は、オチを先に言ってしまう予告編であった。

宴席の盃が招いた終幕

延熙十六年（253年）の正月、漢寿の地では、年の始まりを祝う盛大な宴が開かれた。
主催は費禕で、大将軍として群臣や将兵を集め、歳首の礼を兼ねた祝宴を催していた。
席には、魏から降ってきた者たちも参加し、場の雰囲気は和気に満ちていた。

この日、費禕は酒が進むにつれ、いつも以上に上機嫌だった。
笑いが絶えぬ中、ある男がゆっくりと立ち上がる。
魏の降将・郭循（郭脩）は酔いに気を許していた費禕に近づくと、懐から短刀を抜き放った。

宴席は一瞬で修羅場と化した。
郭脩の刃はためらいなく費禕に振るわれ、その胸を貫いた。
護衛たちは急行したものの間に合わず、郭脩はその場で取り押さえられた（あるいは即座に斬られたとも伝わる）。
重傷を負った費禕は救護されたが、ほどなくして命を落とすことになる。享年は記されていない。

この暗殺事件は、蜀政に深い衝撃をもたらした。
諸葛亮、蔣琬と続いた宰相の系譜がここで断たれたことで、朝廷は一時的に混乱に包まれる。
劉禅は敬意を表し、費禕に「敬侯」の諡号を贈った。

張嶷が遺した忠告は、ただの杞憂ではなく、静かに迫る未来を見抜いた警鐘だった。
寛容が人を救い、そして滅ぼすこともある。
そのことを身をもって証明したのが、費禕という男だった。

家庭と逸話、人物評価

費禕には二人の息子と一人の娘がいた。
長子の費承は黄門侍郎となり、次子の費恭は尚書郎を務め、公主と婚姻関係を結んだが早くに亡くなっている。
長女は太子劉璿の妃となり、皇族との縁を深めていた。

『費禕別伝』によれば、彼は生涯にわたって質素な暮らしを貫いた。
家に私財を蓄えることはなく、子どもたちにも庶民と同じように布衣を着せ、粗食を与え、車馬の使用すら控えさせたという。
その倹約ぶりと謙虚さは、政務の姿勢にも私生活にも一貫していた。

また、費禕は優れた理解力と記憶力を備えていた。
政務の書類に一度目を通すだけでその意図を的確に把握し、即座に判断することができたと伝えられる。
一日中政務を処理しながらも、来客応対や囲碁を楽しむ余裕すらあり、それでいて公務に支障をきたすことはなかった。

彼の事務処理能力を示す逸話として、董允が後に尚書令を継いだ際、同じ量の政務をこなそうとして数日で滞り始めたという話がある。
董允はそのとき、「人の才力の差はここまであるとは。自分には到底及ばない」と語ったと伝えられている。

『三國志』の陳寿は、蔣琬と費禕について次のように評している。
「蔣琬は厳格で威厳があり、費禕は穏やかで人を思いやる。二人はそろって諸葛亮の方針を受け継ぎ、大きな変革を避けつつ国を安定させた。その結果、国は和し、国境にも乱れがなかった。ただし、きめ細かい統治までは十分に行き届かなかった。」

これに対して注釈を加えた裴松之は、やや異なる評価をしている。
「蔣琬と費禕は制度を守り、功を急いで軽はずみに動くこともなかった。
外では魏軍を退け、内では秩序を保った。これ以上に何を望むというのか。
蔣琬が『きめ細かい統治がなかった』と批判しているが、具体的にどの点を指しているのかは明らかではない」と記しており、彼らの施政をむしろ擁護している。

陳寿は改革の不在を物足りなく感じたが、裴松之は変えなかったからこそ安定が保たれたと見る。
この二つの見解をあわせて読むと、費禕は功を求めて急ぐことなく、安定と秩序を何より重んじた人物だったといえる。
目立つ業績は少ないものの、その慎重で一貫した姿勢が、蜀という国の基盤を支えていたのである。

参考文献

費禕のFAQ

費禕の字（あざな）は？

費禕の字は文偉（ぶんい）です。

費禕はどんな人物？

穏やかで包容力があり、他者を疑うことを好まない博愛の人でした。
そのため人々に慕われましたが、警戒心の薄さが最期を招いたともいわれます。

費禕の最後はどうなった？

延熙十六年（253年）正月、漢寿での新年宴会中に魏の降人郭脩に刺殺され、数日後に亡くなりました。

費禕は誰に仕えた？

劉備・劉禪の二代に仕え、諸葛亮・蔣琬の後を継いで蜀の政務を担いました。

費禕にまつわるエピソードは？

孫権に派遣された際、酔ったふりをして質問を避け、後に全ての回答を整えて提出したという逸話が残ります。